歩きながら考える。

日々のコト、気になるコト、色んなコトをツラツラと書いてみようと思います。

稽留流産と診断された日の夜〜手術を終えて

どうも、ぱたごんです。

今日は前回の続きをお話ししたいと思います。

前回と今回の話で私の経験したことの全てとなり、長くなりました私の経験談はこれでひとまず終わりです。

今回は手術の話等、とても生々しい内容が多くなっております…

読んでいて楽しい話では決してありませんし、

長い話となりますが、最後まで読んでいただけたら幸いです。

そして、今私の心の支えにもなっている言葉を書いて、話を始めたいと思います。

「先を読んで点と点をつなぐことはできません。

後から振り返って、初めてできるわけです。

点と点が将来どこかでつながると信じなければなりません。

自分の勇気、運命、人生、カルマ、何でもいいから信じなくてはなりません。

たとえそれが皆が通る道から外れても、自分の心に従う自信が生まれてきます。

これが大きな違いをもたらせてくれるのです。」スティーブ・ジョブズのスピーチより抜粋)

今回自分が経験したことが、この先の人生でなくてはならない出来事だったと、

将来、点と点をつないだ時に、そう思える時が来ると信じて。

1/20稽留流産と診断されたその夜

私から連絡がないことを不安を感じた旦那から電話がかかってきた時に、

泣きながら全てを話しました。

普段は泣く人ではないのですが、電話の向こうで泣いているのが分かりました。

帰ってきた旦那は、「一人で辛い思いさせてごめんな。辛かったな…」そう言って、

また二人でたくさん泣きました。

夜になってベッドに入るも、涙が止まらなくて、中々眠れず、

夜中目が覚めてトイレに入り、何気なく自分のお腹を見た時に、

もうこのお腹にいる子供たちは生きていないんだ…

元気に産んであげれなくてごめん…

そう思うと、また声を出して泣きました。

それに気づいた旦那が起きてきて、私は旦那に、

「今日診察を受けるまでは、確かにお腹に子供たちがいるって感じてたのに、今はもう何も感じないんよ。それがものすごく辛い…」

そう言って泣きながらトイレから出てきた私に、

「ごめんよ。女の人ばっかりが痛い思いや、辛い思いをして、俺は何もできなくてごめん。」そう言って旦那も辛そうに泣いていました。

そして眠れないまま朝を迎えました。

何をしても涙が出てくる。

でも、泣いてばかりじゃダメだと思い、稽留流産について、手術について、

自然流産(手術ではなく、自然に子宮内から胎嚢や胎盤が出てくる事)について、

入院の準備について調べたり、いつ何が起こるか分からないから、

とにかく準備だけは早くしておこうと、入院の準備をしたり、自分が入っている保険の確認をしたり、とにかく冷静になって、自分に今できることをやるようにしました。

そして、上司に話をして早ければ来週に手術をするので、まずは1週間休みをいただきたい、それから行けるかどうかはまた相談させてください、と伝えて、

休むのを快諾してもらうことができました。

急なことだったので、仕事を片付けておこうと、日曜日誰もいない会社へ行き、

仕事を片付けることにしました。

仕事をしていると自然と気分は落ち着きましたが、次第に気分が悪くなってきたので、トイレに入ると、下着におりものに血が混じったようなものが付いてました。

色々調べていたので、もし生理前のような出血が始まったら、

自然流産になる可能性があると書いていたのを思い出したのと、

看護師さんから、出血が始まったら連絡してくださいとも言われていたので、

自宅に帰ってから病院に電話をしました。

明日月曜日に診察に行く予約をしていると伝えると、とりあえず安静にして、

予定通り診察に来てくださいとのことだったので、ソファで横になり、ひたすら安静に過ごしていました。

そして、徐々に自分の中で流産を受け入れるようになり、

お腹をさすりながら、いつ出てきてもいいからね、

お母さんの覚悟はできたから、自分たちのタイミングで出ておいで。

そうやってお腹に話かけるようになりました。

1/23診察、手術日確定

朝まで大した出血はなく、旦那と母はこの日仕事を休めなかったので、

兄夫婦に病院に付いて来てもらい診察を受けましたが、

先生からは、やはり、心拍は止まったままで、大きさも変わっていないので、

流産確定です、との診断を受けました。

最初に診断された時よりも、ずっと冷静に聞くことができました。

そこから手術の話になり、今週の水曜日入院の木曜日手術にしましょう、

ということになり、入院の手続きや説明を受けて、病院を後にしました。

突然の痛みと出血 稽留流産→進行流産へ

診察が終わって、家に帰ってもまだ旦那は仕事から帰って来ないので、

私が一人になるのを心配した兄夫婦が一緒に夜ご飯食べて、旦那さんを待とうか、

と言ってくれたので、病院の後、兄夫婦の家にお邪魔して、

一緒に夜ご飯を食べることにしました。

夕方から少しずつ生理痛のような痛みが出始め、

ご飯を食べ終えた夜20時過ぎからは、生理痛の重い感じの痛みが出始め、

座っているのが辛くなってきたので、横にならせてもらいましたが、

同時に痛みは周期的に強くなったり弱くなったり、を繰り返していました。

陣痛ってこんな感じなのかな、そんなことを考えながら、痛みが強くなれば

息を大きくはき、まるで出産を待つような気持ちで痛みに耐えていました。

それまでは少しだった出血が、急に今まで見たことないくらいの出血になり、

どろっとした血の塊と、鮮血が沢山出てくるようになりました。

何度もナプキンを替え、ベッドにタオルを敷いて、兄夫婦の家で旦那の帰りを待っていました。

21時を過ぎて、旦那から仕事が終わったので迎えに行くとの連絡が入ったので、

迎えに来てくれた旦那と、兄夫婦にお礼を伝えて帰ることにしました。

私の中では、もうすぐお腹から子供たちが出てくる、そんな気がしていたので、

家に着いてすぐに携帯と、夜用の大きめのナプキン、そして、密閉できるビニール袋をトイレに持ち込み、いつ出て来てもいいように準備をしていました。

進行流産→不全流産→手術へ

そこから下着を履いたままトイレに座っていると、

ヌルッ、という感じで何か大きな塊が出て来たのが分かりました。

きっと子供たちが出て来たんだ、そう直感で感じました。

私の身体から出たのは、血の塊の中に、少し白っぽい色が混じった塊でした。

そのまま密閉できるビニールに保管し、病院に電話をして、胎嚢らしきものが出た気がすると伝え、これからどうしたらいいのかを確認しました。

すると病院からは、夜間なので救急になるから、とりあえず、出てきたものを持って

すぐに来てくださいと言われたので、出る準備をし、病院に向かうことにしました。

ブログでは胎嚢が出るとお腹の痛みは楽になると書いていたのですが、

お腹の痛みは続いており、おかしいなと思いながら車に乗り込もうとしたその時、

またさっきと同じように、塊が出てくる感じがありました。

すぐに家に戻り、トイレに入ると、さっきと同じような胎嚢らしきものが出ており、

すぐに密閉のビニールに保管し、一緒に持って行くことにしました。

思えば、双子だったから、二つ出て来たのかなと思います。

その時は余裕がなくて、確認することも、お別れすることもできませんでしたが、今思うと、辛いだろうけど、旦那と一緒に見て、ちゃんとお別れをすれば良かったと思います。

そこからはお腹の痛いのも少し楽になり、急いで病院に向かうことにしました。

時間は夜の22時頃、この日は雪の降らない私の住んでいる地方では珍しく、

かなり雪が降っていました。

病院に到着し、救急で受付を済ませ、早速診察をしてもらうと、当直の先生から、

ほとんど出ているが、出血はまだしているし、子宮の中にもまだ少し残っているので、

このまま手術をしましょう、という話になりました。

事前に調べていた流産の手術は、子宮内容除去術(掻爬手術(そうはしゅじゅつ))

というもので、事前に子宮口を広げる前処置の後、

全身麻酔をして、寝ている間に痛みを感じることなく終わっていたと書いていたのが

ほとんどでした。

が、私の場合、救急だったからなのか、残っているのが少しだけだったからなのか忘れましたが、全身麻酔はしない方向で手術をする事になりました。

痛み止めをせずに5分ほど痛みを我慢できれば日帰りで帰れるけど、痛み止めをするなら、一泊入院してもらうことになるんだけど、どうする?と言われ、私は痛みに弱いので、痛み止めをしてほしいと伝え、点滴で痛み止めをしながら手術をすることになりました。

先生からは、頭がぼーっとしてくると思うんだけど、どう?と聞かれましたが、効きにくいのか、全く何も変わらずで、そのまま少し待ってもらい、

薬が効き出したのか、目の前がかすみ出して来たと伝えて、そこから手術が始まりました。

手術は今まで経験したことのない痛みで、

自分のお腹の中を何か硬いものでグリグリとえぐられてるという感じで、

肝心の痛み止めは全くと言っていいほど効かず、手術をしている最中は痛みのあまり、

叫び続け、その様子を見た先生や看護師さんが、痛み止めの薬を増やしてくれましたが、それでも痛みはあまり変わらず、

早く、早く終わってほしい、そう願いながら手術を受けていました。

おそらくそんなに長い時間ではなかったと思いますが、

私にとっては、とても長く、とても辛い時間でした。

こんなに痛い思いをしても、赤ちゃんは産まれてこない、それがものすごく辛かったです。

手術を終えて

手術が終わり、ぼーっとした頭の中で、看護師さん達にストレッチャーに乗せてもらい、旦那さん呼びますねと部屋の外にいた旦那を呼んでくれて、

そこには旦那と私の母と兄の姿もありました。

部屋の外から私が叫んでる声を聞いていた旦那は、辛かったな、痛かったな、よく頑張ったよ。そう言って私の手を握ってくれていました。

母と兄もよく頑張ったね、痛かったね、と声をかけてくれました。

そこから、ストレッチャーに乗せられたまま、病室へ移動し、翌日の朝まで入院することになりました。

母と兄は帰り、旦那は翌日の仕事を休む連絡をして、朝までそばについてくれていました。

病室に行っても眠れず、朝の5時頃まで眠れないのと、痛み止めの副作用らしく、

吐き気が続きましたが、5時以降は吐き気もおさまり、自分の足でトイレに行くことができ、そこからやっと二時間ほど眠ることができました。

5時を過ぎて、旦那は入院と退院の手続きのために、自宅に印鑑を取りに行かないと

いけなかったので、また9時過ぎに帰ってくると言って、一旦自宅へ戻りました。

私は7時に目を覚まし、お腹が空いたので、自分の足で歩いて売店まで行き、

サンドイッチと温かいコーヒーを買って、病室で食べることにしました。

前日の夜はとても痛くて辛い思いをしましたが、

それでもお腹は空くんだなと思いながら朝ごはんを食べていました。

少し経って、病室に看護師さんが来て、

昨日の手術できちんと子宮の中が綺麗になっているか確認しましょう、

とのことで、診察をしてもらうことになりました。

先生からは、子宮の中に少し残っているけど、自然に出てくるのを待ちましょうとのことで、子宮収縮剤(パルタンM錠)感染症予防(セフカペンボキシル塩酸塩錠)

毎食後1錠を5日分出してもらい、経過確認の為に、来週診察の予約をし、

退院の手続きと精算をして、旦那と自宅に帰ることになりました。

昼ごはんを食べて、食後もらった薬を飲んで、自宅のソファで横になっていました。

少し時間が経って、ソファから起き上がろうとすると、なぜか、太ももの内側に痛みが。

おかしい、手術をしたから?そんな風に思いながらも、

ネットで「子宮収縮剤 太もも 痛み」と検索したところ、

他にも子宮収縮剤で太ももに痛みが出ている人がいるのを見つけました。

全員が全員ではないと思いますが、私の場合は、子宮収縮剤を飲むと、

お腹よりも、とにかく太ももが痛かったです。

 

その痛みはほぼ4日間続き、5日目ではだいぶ痛みを感じなくなりました。

薬を全て飲み終えた後は、歩いても痛みを感じることはなくなりました。

出血は薬を飲んでいる間、毎日少量はありましたが、薬を飲み終えるとピタッとなくなり、全て出切ったのかなと思っていました。

が、手術から1週間後の昨日、気分転換のために、外へ出かけて歩いていると、

お腹が突っ張るような痛みが出始め、トイレに入るとまさかの出血。

なぜ出血したのかはわかりませんが、今日もまだ出血が続いています。

長い人で2週間くらい出血が続く方もいらっしゃるようで、

私は今で1週間と3日、とりあえずまだ出血は続いています。

このまま長引けば、また薬を飲むことになるのか、再度手術をしないといけないのか、

どうなるのか分かりませんが、とりあえず今後のことは明日の診察次第お伝えできればと思います。

手術から1週間経って

私は今回、初めての妊娠で流産となりましたが、

自然流産は小さなお産、と言うのを見たことがあって、私はこの子達を元気に産んであげることはできなかったけど、できれば手術ではなくて、自然に出してあげたいと思っていました。

そして後から聞きましたが、お腹から出た二つの塊は、やはり胎嚢だったそうです。

旦那からは最後手術はしたけど、あなたが希望してた、自然に二人を産んであげれて良かったね、と言ってくれました。

私の場合は、完全流産(子宮内のものが全て排出されること。手術は必要ない)

ではなくて、不全流産(子宮内の一部が残っている状態。手術必要な場合が多い)

だったので、最後は手術を受けることになりましたが、

陣痛のような痛みを感じれたこと、そして二人とも自然に出してあげれたこと、

自己満足ではありますが、自分の中では納得のいく形でこの妊娠を終えれたと思っています。

私の場合、初期にあたる9週で成長が止まっていました。

初期の流産は、胎児側の染色体異常が原因がほとんどらしいです。

自分が産まれてくることで、お母さんやお父さんに苦労や大変な思いをさせてはいけない、そう思って成長することをやめ、自分から手を離す、そんな話を目にしたことがあります。

きっと私が不安ばかりじゃなく、母親として、子供たちを受け入れる覚悟があったのなら、子供達は安心して、私の体から手を離すことなくこの世に産まれてこれたんじゃないか…そんな風に考える時もあります。

じゃあ私にできることは、この先もし子供を授かることができた時には、

まだまだ頼りない父と母かもしれないけど、何も心配しなくていいから、安心して産まれておいで!あなたの父と母にどうしてもなりたいんです!

そう全力でお腹の子供に伝えて、お願いしよう。そんな風に考えるようになりました。

 

手術から、1週間経って、やっと少し動いてみようとか、ここに行ってみたいなとかそんな気持ちが出てくるようになったと思います。

仕事復帰に関しては、結局2週間休ませてもらうことになりました。

1週間は身体を休める時間、次の1週間は気持ちを整理する時間として。

と言いながら、私は1週間経った今も出血は止まらないし、身体すら完全に元に戻っていませんが…

気持ちも1週間経って、やっと普通に会話したり、笑えるようになりました。

それでもまだ、家族以外の友達や知り合いに会う勇気はなくて、

友達には流産のことをほとんど話できていません。

それでもこのブログを書いたり、周りの家族に支えられたり、

今自分の気持ちが少しずつ立ち上がりつつあるのを感じています。

来週には仕事へ復帰することになり、このまま普段の生活を取り戻していくんだと思います。

でも、無理に元気になろうとせず、自然と前に進める日まで、

そしていつか子供を授かり、出会えるその日まで、

旦那と私、そして先に旅立ってしまった子供達二人の四人家族で、

これからの日々を大事に大事に過ごして行きたいと思います。

 

そして最後に、お腹に二人がいた三ヶ月間、本当に幸せでした。

ありがとう。

 

最後まで読んでいただき、お付き合いいただき本当にありがとうございました。