歩きながら考える。

日々のコト、気になるコト、色んなコトをツラツラと書いてみようと思います。

双子妊娠発覚〜稽留流産と診断される日まで

どうも、ぱたごんです。

今日はこのブログを始めるキッカケになった話を書きたいと思います。

前のブログでは偉そうに、同じ経験をする人の役に立てれば、そう言いました。

もちろんそれは私の正直な気持ちです。

でも、まだまだ自分の中で整理できている話ではなくて、

だいぶ落ち着きましたが、それでも思い出したら涙が出てきます。

まだ病院に行かないと行けないし、普段の生活も取り戻せていない、

私の中では、まだまだ終わっていません。

それでも自分がこれから少しずつでも、前に進んでいくためにも、

嬉しかったこと、哀しかったこと、幸せだったこと、辛かったこと、

全てをここでお話ができたらと思います。

そして、このブログにたどり着いた同じ経験をされた方、

これから妊娠を考えている方、男性、女性、年代関係なく、

いろんな方に読んでいただきたい。

もちろん、私よりも辛い経験をされている方がいらっしゃるのも知っています。

私の経験はそんな方に比べたらそこまでじゃないかもしれない。

でも、誰が一番辛い、そうじゃなくて、

誰にとっても、自分が経験したことが一番辛くて、哀しいことなんです。

誰と比べることなく、自分の哀しみを自分が受け入れれるまで、

自分と向き合っていきたいと思います。

そして、このブログを読んでいただく方にも、

無理に元気になろうとするんじゃなくて、自分の哀しみと精一杯向き合って、

前を向くキッカケになれば良いなと思っています。

そして、妊娠したら元気に産まれて来る、まるで当たり前のように思うことは、

改めて奇跡なんだということも感じていただけたらと思います。

これから何回かに分けて書いていきますので、

とても長くなりますが、お付き合いいただければ幸いです。

双子妊娠発覚〜稽留流産と診断されるまで

12/1 妊娠検査薬で陽性反応

12/2 胎嚢確認 5w

12/14 心拍確認 6w4d

12/28 双子と判明 8w4d

1/4 婦人科から総合病院に変更。心拍、大きさも週数通り。9w4d

1/20 母親学級受ける。その後の診察で稽留流産と診断。11w6d

12/1〜12/14

私たち夫婦は、旦那はとても子供を欲しがっていたけれど、

どちらかというと私が子作りに関しては消極的でした。

それでも、結婚して一年が経ったくらいに妊娠が分かって、

初めて心拍が見えた時はとても感動したのと、すごく嬉しかったのを覚えています。

その後の診察で一卵性双生児と判明した時も、不安よりも、

二人も一気に産まれてくれるなら、出産は一回で良いね!なんて、

そんなふざけた話をしたりして、夫婦で喜んでいました。

早いかなと思いながらも、嬉しくて、親戚や、仲のいい友達にも

妊娠と双子という事を伝えると、周りもとても喜んでくれました。

まだまだ耳が聞こえる訳ないのに、毎日お腹に話かける旦那と私。

一卵性だから同じ顔した子が産まれてくるけど、どっちに似てるんだろねとか、

そんな事を言ったり、考えたり、とても幸せな日々を過ごしていました。

ただ、徐々に周りの人から一人でも大変なのに二人も…とか、

大丈夫なの?とか言われたり、

同じくらいのタイミングで、職場の子も産休に入ることになり(私の方が後です)、

上司からは、妊娠するタイミング考えたら良いのにと言われたり。

仕事も忙しいし、日々ストレスを抱えながら過ごしていました。

そして、色々検索すると、双子を妊娠するリスクや、

膜性によってリスクが違うこと、双子出産、育てるには二人分だからお金がかかること、そもそも二人もいて、私は仕事へ復帰できるのか?

次第に嬉しさから、双子を妊娠・出産するリスクと、その後の育児への不安を感じることが多くなりました。

12/28

そして年末に双子と分かってから、年が明けてすぐに母子手帳をもらいに行き、

その足で旦那と初めて一緒に病院へ。

大きくなってるかなとお腹をさすりながら毎日を過ごしていたので、

診察でドキドキしましたが、二人は無事大きくなっていました。

ホッと胸をなでおろし、旦那とあまり姿がよく分からないエコー写真を見ながら、

姿はあんまりよく分からないけど、二人の心拍確認できたし、

心配してた膜性は「一絨毛膜二羊膜(いちじゅうもうまくにようまく)」

となり、双子を妊娠する人のほとんどである膜性なことが分かり少し安堵しました。

先生からは、とりあえずうちの病院では、8ヶ月に入ったくらいから出産まで、

管理入院になると思うので、と言われた事を旦那に伝え、

とにかく、先生が赤ちゃん大きくなってるから大丈夫って言ってたよ、と話をしました。

今日は妊婦健診の為に内診と採血をし、検査結果は二週間後の診察で、とのことで

二人で病院を後にしました。 

そこからの二週間も長くて、だんだんきつくなる洋服と、便秘と、頻尿。

ただ、ありがたいことに、初期からほとんどつわりはなかったので、

妊婦にしては比較的楽に過ごしていたと思います。

全身が脈打つ感覚に、子宮と子供達が大きくなる為に血液を運んでいるんだなと思い、

どんどん送ってねー、そして大きくなってねーとお腹に話かけていました。

何日か過ぎて、旦那に、私の気のせいかもしれないけど、ただ太っただけかもしれないけど、なんとなくお腹が出てきた気がする!と言うと、

早くお腹の写真撮らないと!と焦る旦那に、まだ早いよ、と笑いながら

検診までの日を過ごしていました。

1/20

そしていよいよ検診の日。

この日は平日だったので、一日仕事を休んで一人で病院に行きました。

事前に妊娠中の食事を教えてくれる母親学級があるよと聞いていたので、

先生に診察の時間を後にしてもらって、先に母親学級を受けることにしました。

ひとしきり受けた後、母親学級をしてくれた助産師さんに、

「双子なんだね。双子ちゃん、可愛いよー!大変かもしれないけど、何かあったら私たちを頼ってくれたら良いから、頑張ろうね!」

そんな優しい言葉をかけてもらいました。

とても心強くて、私もありがとうございます。これから色々相談させてくださいね。」と言って、母親教室で新生児用のオムツをもらい、それを手に母親教室を後にしました。

それからいよいよ診察。

週数でいうと11w5d。大きさはきっと、4〜5センチくらいになってるのかな、へその緒今日は見れるかな?そんなことを思いながら診察室へ。

診察室へ入ると先生に「体重が減ってるけど、つわりしんどかったの?」

そう言われましたが、

いや、全然つわりないので、たまたまじゃないかと…」と答えました。

病院の診察を受ける前に、必ず検尿と、体重、血圧を測るので、

私の中では、多分前に体重を計った時は着ていた服が重たかったんじゃないのかな?

と思いながら、とりあえず、内診しようかとの事で診察室の隣の内診室へ入りました。

内診室は婦人科特有の椅子と、カーテンで仕切られた部屋になっていて、

私はいつも通りその椅子に座り、カーテンで仕切られた向こう側にいる先生に

内診してもらいながら、どれくらいの大きさになってるのかなと思いつつ、

先生が声をかけてくれるのを待っていました。

少しして、カーテンの向こう側がざわつきだし、

どうしたんだろう、そんな風に思いながら待っていると、

先生がカーテンを開けて、私に言ったのは、全く想像していなかった言葉でした。

 

「赤ちゃんの心拍が何度見ても確認できないの。大きさも、9週と少しの大きさで止まってる。11週過ぎているなはずなのに、大きさが変わっていないから、おそらく、お腹の中で赤ちゃんが亡くなっている可能性が非常に高いです。」

 

その言葉を聞いたとき、涙が出る訳でも、取り乱す訳でもなく、

ただただ、何を言われてるのか理解できずに、頭が真っ白になりました。

看護師さんに、とりあえず服を着て診察室へ戻りましょう、その言葉でやっと動き出し、服を着て、先生のいる診察室へ戻りました。

先生からは、

「前回の診察の時は確かに二人とも心拍が確認できた、

でも今の大きさが9週と少しの大きさだから、おそらく前回の診察の数日後に、

心拍が止まったのだと思います。ただ、私が今回きちんと見れていないだけかもしれない、でも大きさを考えると…」

先生も言葉に詰まっていました。

そこからは、この場合、もう今で心拍が止まってから、おそらく二週間近く経っているから、早めに手術をしないといけない、今日が金曜日だから、

来週の水曜日か木曜日はどうだろう、家族の方に電話して確認できますか?

そんな事を立て続けに言われました。

今日に限って携帯電話を忘れており、私は今何も判断できないから、

考えさせてほしいと言い、先生からとりあえず、来週の月曜日にもう一度診察して、

その時に心拍が確認できれば手術はしなくていいし、とりあえずその日は誰か家族の人と来てね、そう言って、先生がパソコンに打ち込んだ言葉は

稽留流産(けいりゅうりゅうざん)」

という言葉でした。それを見て、

あぁ、私は流産したのか、という現実を目にしながらも、

流産?私の中ではまだ何も受け入れれていないし、手術ってなに?

赤ちゃんの心拍が確認できない?お腹の中で亡くなってる?

だって、今さっきまで確かにお腹の中に赤ちゃんがいてるって感じていたのに、

どうして?今だってちゃんとお腹にいてるのに、どうして、どうして…

ひとしきり話が終わり、先生から手渡されたエコー写真にに写る子供達は、

今まで全然姿が分からなかったのに、少し見ただけで、

頭や手、胴体が分かる姿で綺麗に写っていました。

その写真を見た瞬間に、急に涙が溢れて、

自分では止めれないくらい、嗚咽しながら泣いていました。

その場にいた看護師さんからは、「お母さんは何も悪くない。何も悪くないから、自分を責めないで。」そう言って、ずっと背中をさすってくれました。

自分の中でなにも理解できないまま、診察の後、

手術に向けての術前検査をする事になり、

背中をさすってくれた看護師さんが私も一緒について行くから、

一緒に行こう、そう言って、言われるがまま検査へ行きました。

採血、胸のレントゲン、心電図をとってる間も、涙は止まらなくて、

大丈夫?車椅子で移動する?そんな風に声をかけられても言葉は出なくて、

ただ頷いたり、首を振ったりするだけで精一杯でした。

検査が全て終わって、待合室で精算の書類をもらう時に、検査について来てくれた

看護師さんと、少し年配の看護師さんが出て来てくれて、

一人で車で来たの?帰れる?迎えに来てもらった方が良いんじゃない?

そんな優しい言葉にも、大丈夫です。と一言だけ答え、

帰ろうとした自分の荷物の中に、母親学級でもらった新生児用のオムツがあったので、

看護師さんに、「これ、返しても良いですか?」と精一杯泣かないように、

言葉を絞り出して、そのオムツを看護師さんに返して、精算に向かいました。

こんな事になるなら、母親学級なんて受けなければ良かった…そんな風に思いました。

 

そして精算をする時に、前の診察の時は妊婦健診費用の補助券が使えたのに、

今回はそれがもう使うことができず、私はもう妊婦じゃないんだと思うと、

とても辛かったです。

精算を終え、車に乗り込んだ瞬間に、また声を出して泣きました。

運転しながら、このまま事故すればこの辛い現実から逃れれるんじゃないか、

そんなことも頭をよぎりました。

どうやって帰ってきたのかも分からないまま、とりあえず家に着き、

旦那は仕事中だったので、とりあえず電話がかかってくるまでは言わないでおこう、

そう思ってベッドの中で一人、泣き続けました。

(続く)